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はじめに
この記事は私のもの凄く偏りすぎた偏見だけでできています。
ちなみに、この記事を要約すると、「尊敬するC先生のもと、信頼出来るメンバーと一緒にミサ曲を歌えている私は幸せだ」です。
[ In Paradisum / Orlandus Lassus ]
私はクリスチャンではありませんが、キリスト教のミサ曲はとても大好きです。
私は小3の頃からかれこれ8年ぐらい、地元の合唱団に入っています。
そして、指導者のC先生は「私が子供達に教えたいのは芸術だ」と言ってはばからない人で、主にルネッサンス期のラテン語のミサ曲を選曲して私達に教えてくれています。
そして、私が入団して初めて舞台で歌ったのもラテン語のミサ曲でした。
ミサ曲はア・カペラが多く、一人が少しでも音を外したり、出遅れたりなどのミスをすると皆が総崩れになり、アンサンブルが崩壊してしまいます。
でも、その全てが上手くはまり、完璧に歌い上げた時、その感動と言ったら言葉にできないくらいです。
練習で一回だけその体験をしましたが、誰が言ったのでもなく自然に拍手が起りました。
練習で、しかも歌った本人達で拍手ですよ?考えてみればすごいことです。
そしてなにより、歌い上げた感動が大きいその最たる要因は、ミサ曲の旋律がどれも美しいことにあると思います。
[ Krie & Gloria - Mass for three Voices / William Byrd ]
話は変わって、私の「日本の合唱曲嫌い」について。
女声三部合唱(ソプラノ、メゾ、アルト)を例にした場合。
日本の合唱曲は、そのほとんどはソプラノが主旋律を歌い、なおかつソプラノが曲の世界の中心です。
そしてメゾ、アルトはソプラノの引き立て役で、ほとんど表には出てきません。
簡単にいえば黒子みたいな感じですかね。
私の「日本の合唱曲嫌い」の理由はここにあります。
私が主に歌うパートはアルトなので、歌っていて本当につまらないです。
対して、ミサ曲(外国の曲)。
ソプラノ、メゾ、アルトの三者が三者とも主役で、どのパートも主旋律を歌います。
どのパートもその曲の世界の中心になります。
なぜかというと、一つの言葉、ワンフレーズごとに、魅せるパートと退くパートがせわしなく変化するからです。
「ソプラノだ。あ、アルトが出てきた。あ、次はメゾだ。あ、またアルトだ。あ、で、ソプラノだ。」という風に。
そして、それに伴うアンサンブルの難しさも最たるものです。
ですから他のパートを聴きながら歌わないとアンサンブルができなくなります。
協調性のある目立ちたがり屋。そんな感じですかね。
歌っている間の緊張感や責任感は断然、ミサ曲の方が圧倒的に大きいです。というか重いです。
この感覚を味わってしまったら、そりゃあ日本の曲からは足が遠ざかってしまいます。
なんてったってつまんないから。
でも、一応言っておきますが、日本の合唱曲の全部が全部そうではありませんからね!
例えば「コスモス」とか好きな曲もありますし。
[ Credo - Mass for three Voices / William Byrd ]
最後に。
各合唱団の選曲には団の指導者の好みが全面に出てくるといいます。
まあ、自分の好きな曲を教えたいだろうし、曲の指導が出来る出来ないもありますから。
ですので、日本でミサ曲をラテン語で歌う合唱団はとてもすくないそうです。
そんな中、その数少ない団に入れて、尊敬するC先生に指導してもらえている。
また、難しいアンサンブルを共に歌い、作り上げていく素晴らしいメンバーに出会えた私はとても幸せだなと思います。
[ Sanctus & Benedictus - Mass for three Voices / William Byrd ]
この記事は私のもの凄く偏りすぎた偏見だけでできています。
ちなみに、この記事を要約すると、「尊敬するC先生のもと、信頼出来るメンバーと一緒にミサ曲を歌えている私は幸せだ」です。
[ In Paradisum / Orlandus Lassus ]
私はクリスチャンではありませんが、キリスト教のミサ曲はとても大好きです。
私は小3の頃からかれこれ8年ぐらい、地元の合唱団に入っています。
そして、指導者のC先生は「私が子供達に教えたいのは芸術だ」と言ってはばからない人で、主にルネッサンス期のラテン語のミサ曲を選曲して私達に教えてくれています。
そして、私が入団して初めて舞台で歌ったのもラテン語のミサ曲でした。
ミサ曲はア・カペラが多く、一人が少しでも音を外したり、出遅れたりなどのミスをすると皆が総崩れになり、アンサンブルが崩壊してしまいます。
でも、その全てが上手くはまり、完璧に歌い上げた時、その感動と言ったら言葉にできないくらいです。
練習で一回だけその体験をしましたが、誰が言ったのでもなく自然に拍手が起りました。
練習で、しかも歌った本人達で拍手ですよ?考えてみればすごいことです。
そしてなにより、歌い上げた感動が大きいその最たる要因は、ミサ曲の旋律がどれも美しいことにあると思います。
[ Krie & Gloria - Mass for three Voices / William Byrd ]
話は変わって、私の「日本の合唱曲嫌い」について。
女声三部合唱(ソプラノ、メゾ、アルト)を例にした場合。
日本の合唱曲は、そのほとんどはソプラノが主旋律を歌い、なおかつソプラノが曲の世界の中心です。
そしてメゾ、アルトはソプラノの引き立て役で、ほとんど表には出てきません。
簡単にいえば黒子みたいな感じですかね。
私の「日本の合唱曲嫌い」の理由はここにあります。
私が主に歌うパートはアルトなので、歌っていて本当につまらないです。
対して、ミサ曲(外国の曲)。
ソプラノ、メゾ、アルトの三者が三者とも主役で、どのパートも主旋律を歌います。
どのパートもその曲の世界の中心になります。
なぜかというと、一つの言葉、ワンフレーズごとに、魅せるパートと退くパートがせわしなく変化するからです。
「ソプラノだ。あ、アルトが出てきた。あ、次はメゾだ。あ、またアルトだ。あ、で、ソプラノだ。」という風に。
そして、それに伴うアンサンブルの難しさも最たるものです。
ですから他のパートを聴きながら歌わないとアンサンブルができなくなります。
協調性のある目立ちたがり屋。そんな感じですかね。
歌っている間の緊張感や責任感は断然、ミサ曲の方が圧倒的に大きいです。というか重いです。
この感覚を味わってしまったら、そりゃあ日本の曲からは足が遠ざかってしまいます。
なんてったってつまんないから。
でも、一応言っておきますが、日本の合唱曲の全部が全部そうではありませんからね!
例えば「コスモス」とか好きな曲もありますし。
[ Credo - Mass for three Voices / William Byrd ]
最後に。
各合唱団の選曲には団の指導者の好みが全面に出てくるといいます。
まあ、自分の好きな曲を教えたいだろうし、曲の指導が出来る出来ないもありますから。
ですので、日本でミサ曲をラテン語で歌う合唱団はとてもすくないそうです。
そんな中、その数少ない団に入れて、尊敬するC先生に指導してもらえている。
また、難しいアンサンブルを共に歌い、作り上げていく素晴らしいメンバーに出会えた私はとても幸せだなと思います。
[ Sanctus & Benedictus - Mass for three Voices / William Byrd ]
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